2020年06月19日

恋の蛍ー山崎富栄と太宰治

桜桃忌に捧ぐ

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この本を知ったのは6〜7年前かな?ずっと誕生日に合わせて感想をアップしたいと思っていました。今年がこういう状況なので旅にも行かず行動控えめな為、まとめることができました。


ワタクシ誕生日が太宰治と同じ(血液型も同じ)で、2011年には青森の生家にも行ったものの、どうも昔から太宰の本は苦手。一人称女言葉の退廃的な私小説の印象しかなく、代表作【斜陽】も毎回蛇の卵のところで挫折。

心中やら自殺未遂の常習犯、ヤク中、アル中の生活破綻者。妻子がありながら愛人が子供を産み、別の愛人と心中。【太宰治と三人の女たち】と映画化されたくらいだから、作品よりもスキャダラスな私生活をもってして今も別格の地位にあるのかもしれない。【人間失格】が中国でなんと60万部も売れているとはびっくり。

さて太宰治の人生のクライマックスの玉川上水の心中の相手 山崎富栄のことは今でも『戦争未亡人、美容師』そことなくバイアスを感じる書き方で、『独占欲が強い、太宰に心中を迫った、先に太宰の首を締めて殺した』等々悪評クサクサである。眼鏡をかけた写真は目にしたことがある。

さて、本書は山崎富栄側から描いた、生い立ちから心中までの人生。

彼女は戦争未亡人と言っても夫は天下の三井物産の海外駐在員。彼女の父親は日本で初めて認可を受けた美容師養成学校を設立し師弟の教育に尽くした熱血漢。衣紋道という十二単衣などの古式ゆかしい着付けの作法にも通じ皇室の着付けを手伝いするほどの専門家であった。富栄は家族の愛情たっぷりに育ち、父親の元で学校の後継者として技術を身につけ、19歳で銀座で美容院を経営、英語が得意でロシア語やフランス語を勉強し、茶道や花道も嗜む才色兼備+高度な手に職。まさに時代の先端を行くような女性であったのだ。しかも優しくて誰にも細やかな心遣いのできる女性で、天下の三井物産の駐在員との縁談があって当然である。

読後の感想は一言。

【太宰治と心中するには勿体ないほどの女性であった】


死後は不倫非難に加えて人気作家を殺した女!と遺族へのパッシングは想像を絶する酷さだったようです。正に起死回生、名誉回復の書。

作者は自らが太宰の熱烈な愛読者である作者 松本侑子さん。驚くことに富栄の戦死した夫の親族、三鷹の富栄の下宿先の大家、当時の編集担当者に会って話を聴き、夫が現地招集されたフィリピンまで足跡を訪ねている。あと5年、10年遅かったら永遠に聴くことができない貴重な証言も得ているのだ。

海外駐在員の妻と言っても、一度も海外生活はない。昭和19年12月に東京で挙式して1か月にも満たない結婚生活、戦争で夫を失い、自分が校長を継ぐはずの美容学校を失い、銀座の美容院を失い、自宅を失い失意のどん底の富栄。それでも戦後は美容学校の再建を目指して、三鷹の美容院に勤務する傍ら米軍でのアルバイトとせっせと貯金に励んでいた。だけど魔がさしたのかなぁ・・・太宰の常套句【死ぬ気で恋をしてみないか】でコロッと。そこからはこれまで耐え続けていたものを捨て去り、一気に不倫真っしぐら、死へ向かっていきます。

太宰に出逢わなればずっとずっと幸せな人生を過ごせたと思うけど・・・痛々しい。特に愛娘をこんな形で失った父親の失意と絶望感には同情を禁じ得ません。唯一の救いは美容学校の教え子達がずっと恩師を慕い続け立派に活躍したこと。一族の一人はベルジュバンスの発明者となりました。

本の中にはもう一人の愛人である【斜陽の人】太田静子も登場するけど、太宰は静子の日記だけが目当てでとても愛人とも呼べない酷い扱い。ますます太宰の魅力はわかりません(っていうかキライ)

何度も読み返えしていると富栄の父親が陰の主人公か?とも思えるほど。軍国主義と戦争で消えてしまった美容学校、美容師育戦争に翻弄されて父娘の生涯へのレクイエムでもありましょうか。

知ることができてよかったと思える本のひとつです。名著です。


posted by ちぃさま at 00:00| BOOK | 更新情報をチェックする