2012年12月14日

ファイターズ大谷誕生

ドラフト1位指名した大谷翔平投手。ファイターズの誠意と熱意が実を結び入団となった手(チョキ)大谷の指名は暴挙!と糾弾したワタクシ…赤っ恥である。こんな嬉しい赤っ恥なら喜んでかきますともexclamation×2

よ〜く考えれば無謀なのはファイターズではなく、高卒でいきなりアメリカに行こうとした大谷君だったかも。本人は18歳で夢と情熱で突っ走ってしまうのはわかるとして、現実を説いて諭してあげる人間は回りにいなかったのか?不思議だ。

だからと言って誹謗は筋違いだと思う。大リーグ挑戦をやめたのが悪くて、浪人して巨人に入る実質逆指名は良いのか?まぁ今回はメデタシメデタシということで…早くも来年の活躍がとても楽しみ。大谷の発言や態度にも好感が持てる。

ファイターズ札幌移転の思い出

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新し物好きなワタクシはファイターズ移転元年(2004)早速ファンクラブに入会した。2年で止めたのが私らしい。前年には福岡ドームのダイエー(現ソフトバンク)対西武戦、ライバルチームの偵察にも行っていた。写真は04年と05年のピンバッヂ。

実はファイターズの試合を最初に見たのは28年前!スタルヒン球場での対西武戦で一応西武のホームゲーム。
ファイターズ監督は元GMの高田、西武は広岡。覚えているのは西武応援の「レオの若獅子秋山」の横断幕、現SB秋山監督のこと。当時はホームランの時に得意の披露で知られていた。忘れられないのは西武の石毛宏典が目の前で2度もエラーしたこと。どよめきが起こり「あれは石毛の影武者に違いない」なんて声もあがった。今のウチで言うと金子誠が1試合で2つもエラーするようなものだ。あり得ないでしょー

さてさて、札幌移転が決まった時に球団は入念なマーケティング調査をしている。私も大通公園で声をかけられ、500円の図書券くれるって言うから応じた。それは移転の二年前のことだが大変印象に残っている。

「大リーグの理念を取り入れ地域に密着した球団運営を目指す北海道日本ハムファイターズに興味がありますか?」
「大リーグの理念を取り入れ地域に密着した球団運営を目指す北海道日本ハムファイターズの試合を見たいと思いますか?」
質問すべてが刷り込み効果のような聞き方だった。

途中で用紙を渡され「知っている選手を書いて下さい」記入欄には巨人・西武・日本ハム。私はファイターズ選手の名前書けたけどアンケート結果は散々だったと思う。それもそのはず、元々は西武が准フランチャイズで年間20試合ほど使うことが決まっていたのを、もっとドームを使って欲しい札幌市と東京ドームでの継子扱いから脱出したい日本ハムの思惑が一致した移転であり、市民・道民の反応はイマイチだった。

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一番の思い出は2006年日本シリーズ第5戦、日本一を間近で見れたこと。一塁ベースの前から9列目!今では懐かしい新庄のラストゲームでもあり、あの悲鳴と絶叫…日本一になるゲームは特別のものだった。

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胴上げというのを見たのも私はこれっきり。
posted by ちぃさま at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | スポーツ観戦 | 更新情報をチェックする
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