2011年10月27日

黒木亮【冬の喝采】

以前【巨大投資銀行】を読み、高度で複雑なファイナンスやM&A、バブル時代の金融界の内容に感心すると共に、作者にも興味を持った。

●雨竜郡秩父別町の出身(実家は神社)
●早稲田大学では、あの“瀬古利彦”からタスキを渡されてお正月の箱根駅伝を走った陸上選手だった。

この本の存在は知っていたけど、先日旭川の図書館でさっと読んで、これは何回も読む本だと確信して文庫本を買った。

          
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本書は秩父別で練習に明け暮れた中学生時代から大学卒業迄の陸上人生、を綴った自伝だ。所属していた旭川走友会、ロードレースで走った札幌の町並み等々…ご当地的にも感慨深い。

やはりハイライトは早稲田大学競走部時代だ。当時から奇人で知られた中村監督のクレイジーぶり(@_@)や不出世のマラソンランナー瀬古利彦の超人ぶりも生き生と描かれている。

つくづく昭和の物語だと思った。今はあんな監督に学生はついていかない。まず親が黙っていない、大学に乗り込んでくる。そもそも戦場で修羅場をくぐった指導者なんてもういない。

瀬古が走った箱根はテレビで観ていたけど、当時生中継はなかったというから、あれはニュースかダイジェストだったのか?

当時の瀬古は陸上界の期待の星で、作中にもある79年12月の福岡国際マラソン。最後に双子の宗兄弟を交わして優勝し翌年のモスクワ五輪の出場を決めた時は、オリンピックでの表彰台独占を確信したものだった。ソ連のアフガニスタン侵攻への報復としての西側諸国のボイコットが無ければ…

さて本題の金山雅之選手(主人公は黒木亮の本名で書かれている)、本は箱根駅伝3区の中継地点から始まる。映像よりも鮮明に伝わってくる。「単調な練習記録」なんて書評もあったけど、とんでもない(◎o◎)

ノンフィクションだけが持つ鬼気迫るような迫力に圧倒される。毎日走る量が半端でない。月に500〜600キロを走り、大会直前はギリギリに削ぎ落とした身体はガラスのように脆く免疫力が落ちるという極限の世界の先に栄光がある。

中・高校時代は指導者に恵まず自己流の練習で怪我をし、3年間も競技生活を断念するも諦めきれず、大学1年の終わりに競走部の門をたたき、準部員からスタートし20キロロードレースの北海道記録を作り、2回の箱根駅伝(1970年、1980年)の出場を果たした。しかも79年は瀬古からトップでタスキを受け取りトップで次つないでいる。

金山雅之の目標は箱根駅伝ではなかったけど、箱根の栄光に導いたのは集中力と根性。要は強靭な精神力だろう。これがある人はどの世界でも成功する。現に金山雅之はハードなトレーニングを続けながらも英語の勉強を欠かさず続け、卒業後は国際金融の世界で活躍し今に至る。

努力だけではかなわないランナーとしての身体能力と、血の叫びのような陸上競技への情熱は、最後に大どんでん返し?の出世の秘密につながる。読後の余韻も深く、運命と感謝・青年の成長記録等々書評を参考いただきたい。金山が監督の人格攻撃に耐えられず退部を申し出た時、瀬古が説得するエピソードが面白かった。

最近わかったのだけど、私の知人が黒木亮と高校の同級生だった(@_@)

この本は鎮魂歌でもある。中村監督、練習中の事故で高校時代に亡くなった友人。そして事故の事は本には書かれていないけど、瀬古が監督を務めていたエスビー食品の北海道合宿(常呂町)の帰り空港に向かう途中の交通事故で散った金井豊選手だ。5人も亡くなった大事故で現場には交通安全を願う慰霊碑が建てられた。金井選手は早稲田の後輩で一緒だったのか…競走部でも1年生ながら瀬古に次ぐ実力者だったとの記述に心が痛みました。

なんだかんだ言って、私はこの時代に相当な思い入れがあるんだなぁと実感。箱根駅伝をみる度に思い出すんだろうな、この本。
posted by ちぃさま at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | BOOK | 更新情報をチェックする
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