2011年05月20日

門と櫓

私のブロガーとしての本職は言うまでもなく「城」です。

弘前城は津軽統一を成し遂げた津軽為信によって慶長8年(1603年)に計画され、二代目藩主信枚が1610年に着手、翌年1611年に完成。今年築城400年の記念の年なのです。弘前城は天守と五つの城門、三つの隅櫓が現存し、いずれも国の重要文化財に指定されている。

津軽藩は通称で弘前藩が正しいようです。津軽華子様(常陸宮正仁親王妃)は藩主津軽家のご出身でございます。


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築城400年のマスコットキャラクター「たか丸」くん

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表玄関の【追手門】
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側からみたところ。外からも中からもカメラを向けていたら守衛さん中に入って写らないように気を遣ってくれました(恐縮です)

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【辰巳櫓】

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二の丸にかかる【杉の大橋】
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杉の大橋を渡ると【南内門】

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【丑寅櫓】

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【東内門】 中に見えるのは【与力番所】

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北側の四の丸の【北門】(亀甲門)を中から見たところ

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北門を外から見たところ。亀甲橋を渡り俗界に出ます。

弘前城は石垣が無いので確かに萌えどころに乏しいですが、今回の写真は同じような距離感・構図の門ばかりでつまらない。何も見本を持っていかなかったのが要因。

去年の彦根城・高知城・岡山城・備中高梁城 は次回行っても写真撮る必要がないくらい満足しています。城のムック本や、城めぐりHPのコピーを常に片手に持ちポイントを探しながらキョロキョロしていたのです。ガイドに頼らず自分の感性で撮るのが楽しいなんて言っても城めぐりには不可。

気がつかないで通り過ぎてしまったり、後でネットで写真発見して「こんなところがあったのか・・・」と思っても次回行くのはなかなか難しい。2度目の熊本城は加藤神社から宇土櫓」を見るためにに行ったようなものですから。限られた時間しかないからよけいに事前の情報収集は大きいと思います。

「何事も先達はあらまほしきものなり」

古典は苦手だったけど、吉田兼好「徒然草」の五十二段、有名な「仁和寺の法師」の最後の一文だけは忘れません。「少しのことにも、先達はあらまほしき事なり」がオリジナルなのですが、要は「些細なことでも案内人(指導者・指南役)があった方がいい」という教訓です。

なんてエラそうなこと言いながら今回も帰ってから知った事がありました。ちょうど弘前行っていた時に青森市内で、北海道・東北地区
B1グランプリ(B級グルメ選手権)が開催されていたのです。悔し〜いちっ(怒った顔)
posted by ちぃさま at 00:00| Comment(2) | TrackBack(0) | 旅&城(東北) | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
津軽氏にはあの石田三成の娘が側室にいて、3代目(だったかな?)はその側室の子なのだそうですよ。津軽氏の血に、徳川から見れば謀反人の血が入っている・・・・なかなか味のある系図だと思っています。
幕末にさっさと旧幕府軍から寝返ったのも、その血が生きていたからかも・・・・・なんてね。
Posted by じゅん at 2011年05月20日 23:37
>じゅんさん
それはまったく知りませんででした。鹿児島から徳川に嫁いだ方もいるので全国いろんな末裔が入り乱れているのでしょうね。
石垣は無くても濠が残っていて下界と区別されているのは城ぽくて好きです。
桜の散り際には濠もピンクに埋め尽くされた写真を、ネットでみて驚いています。
Posted by ちぃさま at 2011年05月21日 20:02
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