2010年10月15日

ある華族の昭和史

私の長年の愛読書中の愛読書 

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【ある華族の昭和史】 
もう表紙がボロボロ 中も見事に煮しめた色になっている。
単行本は1982年、文庫本は1986年

著者の酒井美意子(故人)は、加賀百万石藩主の家柄を継ぐ、侯爵前田家の長女。幼時をロンドンで過ごし、女子学習院に入る。恋愛と婚約、戦時下の父の死、激動の戦後…明治以来の日本の皇室や旧華族など真の上流社会の人びとの内側を鮮やかに綴る(裏表紙より)

登場人物が豪華。父親が加賀百万石で、母親は姫路の藩主酒井伯爵家の姫。日本一豪華と言われた両親の結婚式。東洋一と言われた駒場の屋敷での使用人を従えた豪華な生活、加賀藩主前田家の歴史と文化と誇り。

明治には屋敷に天皇、皇后がそれぞれ100人のお付きと共に前田家を御行啓。美意子姫が心酔する学習院のクラスメート:皇女照宮(昭和天皇の長子)の聰明さ、御所での交流。

すべてが絵巻物の世界。だけど今回久しぶりに読んで感じたのは、いにしえの宮廷と上流社会の物語への憧れやノスタルジーよりも、著者の強いキャラクターに惹かれていたからこそ、こんなに長く読み続けているでは?と思った。徳川慶喜の孫や旧宮家の令嬢も当時の暮らしを本に書いたりしているけど、美意子先生はモノが違うという感じだ。

酒井美意子先生、娘時代は「お姫さま(おひいさま)」と呼ばれていた。戦後は焼け野原の東京で、誰よりも早く文化の香り漂う社交クラブ経営し〜マナー講師〜皇室評論家〜着物学院学長と華麗に人生の主役を生きぬいた。

花のように優雅に微笑んで、内面は粘り強くしぶとく。バカ正直で率直過ぎる人を嘲笑する冷ややかさ。時にはしたたかに権謀術数を使いゲームを楽しむ。さすが加賀百万石だ。固定的な自分などどこにもないのだから、自分でシナリオを作り演出し、人生と言う名の舞台で自分の主役を演じきり楽しむ。

恋愛哲学は「愛すれど溺れず」「恋は人生を彩るアクセサリーか、お酒のようなもの」クールです。

私が10代の頃だったか・・・テレビで何度か見かけた時は「上品なんでしょうけどメイクも服も派手だなぁ・・・」くらいしか覚えていないのだけど、今では永遠の憧れの存在だ。ちょっと自画自賛的なところがツボでもあります。

1980年代の初めに56歳でこの本を書いた美意子先生。最終章「我が道をゆく」では、2校の着物学校の学長を務めながらも、まだ女性の専門家がいない分野として宝石を学んでいるところで終わる。

『社会に通用する資格を取得するには、当然専門学校に通って勉強しテストを受け、研究発表を行わなければならない・・・勉強は一生続けるべきことであり、自分自身への投資こそ最大の貯蓄であり、最も確かな財産である・・・

この人生という舞台の最後の幕がおりるまで、私は勉強と仕事を愛し、継続させていく・・・そして限りある持ち時間を自分好みに演出し、演技して生きることを愛し続け・・・更に人々をほどほどに愛していくであろう』

カッコ好すぎます。本物の貴族は自立だの自己実現だのと言った陳腐な言葉は振りかざさないのだぁ。これぞ目指す哲学だと思う。人があれこれ言おうと「ロック少女」から「魔性の女」まで楽しんで演じているワタクシなのであ〜る。

残念ながら、他の美意子先生の著書と同様に(50冊ほど上梓しているのだ)この本は絶版となっているのは本当に残念だ。ダウンロードはできるらしいけれど。
posted by ちぃさま at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | BOOK | 更新情報をチェックする
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