2010年05月20日

安全地帯の思い出

近ちょっとお騒がせな玉置浩二氏。スターは普通のことをやっていてはつまらない、お盛んで多いに結構。【安全地帯】は旭川出身のバンドとして有名だ。年代が違うので接点はないが彼らの旭川時代に一度ライブを観たことがあるので記憶を辿ってみる。

【安全地帯】は当時から旭川で精力的にライブ活動をしていて結構有名だった。電信柱にライブのチラシが貼ってあったのを記憶している。登下校時に目にする電柱の【安全地帯】の漢字四文字は、未知の悪の匂いの世界のように感じていた。バンド=不良の時代である。“ちぃさま”は本当にオクテだったのだ。

そんな私が悪友に誘われて旭川公会堂のライブに行ったのは30年くらい前だろうか?客席は満員、一番前の席はメンバーのガールフレンド達の?指定席になっていた。フアンも熱狂的でアンコールの時はステージ前に殺到、その熱気に驚いたけどライブ演奏も結構な衝撃だった。

当時はツインギターにツインドラム、音が厚くすごい迫力で演奏レベルも高かったと思う。当時は『ワインレッドの心』とはまったく別物のギンギンのロックだった。もしかしたらアレが初めて見たロックのライブかもしれない・・・。

そして若き日の玉置浩二氏、痩身ながら圧倒的な声量で凄かった。後にも先にもライブであれほど声量豊かなカッコイイヴォーカルを聴いたことはないと思うほどだ。曲は覚えていないけど一曲だけ「ホームラン」という曲は王選手のフアンだという玉置浩二氏が、間奏中にサインボールをバットで客席に打ち込むパフォーマンスだけを覚えている。

玉置浩二氏は当時なんとロングカーリーヘアーで、当時流行った『セクシャルバイオレッドNO.1』の桑名正博のようなヘアスタイル、竹の子族の流れをくむケバケバ衣装。前奏が始まって歌の直前に走ってきてスタンドマイクを鷲掴み、スタンドからスカーフがなびき・・・まるでスティーヴン・タイラー(エアロスミス)だ。この話をすると皆びっくりするのだけど。

だから後年の変身ぶりには相当驚いた。当然売るためのイメージ戦略は必要で、玉置浩二氏に関してはYMO坂本龍一と、当時話題になったイギリスのバンド「ジャパン」のヴィジュアル系ヴォーカル:デビット・シルビアンをモチーフにしたのではと勝手に思っている。

その頃の私は洋楽ロック漬け&世良公則&ツイスト・甲斐バンドがお気に入りだったからその後見ることはなかったけど・・・彼らが井上陽水のバックバンドとして上京したのは、その2年後くらいのはず。
posted by ちぃさま at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 音楽・ライブ・観劇 | 更新情報をチェックする
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