2009年04月05日

大阪城

“ちぃさま”お仕事いっぱい頑張りました。
年度末を終え休暇をいただき、2日〜4日で2泊3日4城の旅に。

“ちぃさま”は豊かな妄想癖を持つロマンティストの反面、超リアリスト。
ご幼少の頃、サントクロースを知ったと同時に実在しないことも知った。

同様に大阪城、名古屋城もコンクリート&エレベーターと知っていたので、
日本中の城はすべてコンクリートだと思って、まったく興味が湧かず、
城デビューが大幅に遅れてしまったのである。本当に偏見は良くない。

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濠と高石垣に圧倒されます。

誠に立派な城だ、だから名城と言われているのも納得です。
このプリーツになった石垣の荘厳で優美なこと〜カッコいい〜!
櫓(白い建物)が六番櫓だけしか付いて残っていないけど、
往事は勿論全部櫓が乗っかっていたのである。

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千貫櫓と多層櫓
この堅牢な石垣と濠は、辺りを払うような威圧感を感じてしまう。
江戸城は朝廷に乗っ取られて、今や城と名乗ることもできなくなり、
大阪城こそ徳川支配の天下統一の権力の威光を示す存在であましょう。
住所もカッコいいです。大阪市中央区大阪城1番1号ですもの。

画像2 2449.jpg

実は関西は開花は早かったものの、低温で足踏み状態。
大阪城全体で5分咲きって感じかな。
西の丸庭園からの眺め。屋根の緑はちょっとね・・・
質実堅牢な石垣とはミスマッチでは・・・全体になじまないような気が・・・

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西の丸庭園からは本丸(天守のあるところ)には行けません。
この本丸にはこの桜門を通らなければなりません。
上の写真の濠の中にこんな濠があるのです、これが天下を取るということか。
(掘というより濠の字の方が合う圧倒的なスケール感)
徳川時代になり、秀吉時代のレイアウトは跡形もなく変更されたのです。

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そうなんです、秀吉時代、徳川時代をとうに抜きさり存命記録更新中!
昭和初期の鉄筋建築として文化的価値まで出てきたそうです、あっぱれ。

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外堀沿いは結構咲いていました。桜のフレーム見つけました♪

画像2 2484.jpg
ぎゃあ〜!これって凄くないですかぁ?大阪城公園内で。
中に大阪城ホールもあるくらいだから敷地はとても広いのです。
御殿や屋敷は倒幕の戦で炎上してしまったそうです。

画像2 2480.jpg

去年かな?NHK【その時歴史は動いた】で天守内に展示している
【大阪夏の陣図屏風】のことをで見て、大阪城に行こうと思っていました。
せっかくのエレベーターには乗らず(若いので)階段で上がりました。
大きな画面でも屏風絵の解説が流れていて、悲惨さが伝わります。

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posted by ちぃさま at 22:32| Comment(0) | TrackBack(0) | 旅&城(大阪・滋賀) | 更新情報をチェックする
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